2月。
雪がとけ、ようやく山に入れるようになった。
中途半端に切り開かれた空間は、月面のウサギのように浮かび上がっていた。
林の中でゴソゴソしていると、近所の“ヒデじいさん”がやって来た。
「何をやっとるんじゃ」
質問に答えると、ヒデじいさんは言った。
「つまらんぞ、つまらん。ヤマノモノが来るだけじゃ」
ヤマノモノ??
ほどなくして僕たちはその正体を知ることになる。
ヤマノモノは柵に挟まっていた。
もはや息絶えており、瞳に白い膜がおおっていた。
ヒデじいさんはヤマノモノを柵から外すと、そのまま道端へ投げた。
よく見ると、片足がなくなっており、付け根から内臓がのぞいていた。
開いたキズ口を指差しながら、ヒデじいさんは各臓器の説明をした。
そして、“足と心臓が喰われて血抜きになっとる”と教えてくれた。
「食うか?」
ためらう僕たちを見て、ヒデじいさんは帰りはじめた。
思わず引き止めると、小さな背中がつぶやいた。
「ヤマノモノが持っていくじゃろうて・・・」
翌日、シカの死体は消えていた。
・・・