2012年05月31日

フマール農園 61. ラガーヴーリン

ラガーヴーリン.jpg
5月。
アスパラとイチゴの苗を植えていると、スナコおばさんが来て、いくつかの苗をくれた。
かぼちゃ、マクワウリ、そうめん南京。
草ボウボウの畑を見ても、スナコおばさんは意外にも腐すようなことは言わなかった。
苗を植える場所について、「ほら、そこみたいに草を敷いたようになっとるところがええけぇ、冬に刈って作っとくんよ」と教えてくれた。

マルックから電話があり、「いいウィスキーを手に入れたから来いよ」と呼ばれた。
まだ栓を開けていないウィスキーの瓶があった。
「オレは家に5000円を超えるウィスキーは買わないんだけどな」
グラスの香りを嗅ぎながら、マルックの説明を聞いていた。
スコットランドの外れの島にある、もう潰れた蒸留所のものらしい。
「かなり癖があるだろ?潮の香りが強いんだ。個性的だが旨いぞ」
言われたとおり、赤チンみたいな匂いが鼻を突く。
一口転がしてみる。
味は意外にもまろやかな、甘みとコクのある旨いシングルモルトだ。
深い所で強く豊かな風味が広がる。
女性に例えるとすれば、椎名林檎のようなイメージ。

春の夜風を浴びながら自転車を漕いだ。
こんな心地よいほろ酔い、久しぶりじゃわ〜
昼間なら通報されかねない満面のニヤニヤで、歌人との邂逅(かいこう)にひたる。
ウィスキーは夜に。
・・・


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2012年04月30日

フマール農園 60. 蓬(よも)ぐ

C20110425畑.JPG
4月。
お百姓のスナコおばさんに教えてもらった。

この辺りはゴールデンウィーク前が蓬(よもぎ)の収穫時期らしい。
スナコおばさんは土を掴(つか)むことなく葉先だけを摘んで、マジシャンのトランプカードのように左手にきれいに収めていった。
ちなみに僕の左手は使用済みのクラッカーのようなものを握っていた。
これを重曹で湯がいて灰汁(アク)をとってから、刻んで小分けにし、冷凍する。
こうしておくと一年中いろいろ使えるそうだ。

他にも土手に生えた蕨(ワラビ)を収穫した。
僕には不毛にしか見えなかった春の山河は、じつは山菜取り放題の「収穫の春」だった。
・・・
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2012年03月31日

フマール農園 59. 瀬戸際

C20110307畑.JPG
3月。
1mの畝に1mの通路、なかなか平城京のように美しく仕上がった。
そして、また振り出しに戻った。シーシュポスの神話を思い出す。

今さらながらコンセプトがはっきりしてきた。

「最小のコストで最低限の野菜を作る」

月イチ2時間くらいの軽作業で、身近なものを使い、餌以上のものを作りたい。
もう、耕すとか耕さないとか、肥料をやるやらないとか、どうでもよくなってきた。

ひと言で言えば、瀬戸際に来ている。
・・・
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2012年02月29日

フマール農園 58. 妙か奇跡か

2月。
川口さんと木村さんの本を読んでみた。
簡単にいうと「肥料をやるけど耕さない」と「肥料なしで耕す」ということだった。
どちらでもよいのだが、とにかくその前にあの夏の雑草をどうにかしないといけないと思った。
そしてまた畝を作り直すことにした。草を刈りやすくするために。

くたびれた帰りの車で、元気なマルックは「尾道浪漫珈琲を飲みに行こう」と誘ってくれた。
そして「夜はオレの家に牡蠣を食べに来いよ」と。
しかし、あまりに疲れていたので、僕は帰ってシャワーを浴びると泥のように眠った。

その夜、マルックは激しい腹痛と微熱にうなされていた。牡蠣が当たったという。
行かんでよかった・・・

ノロウイルスということで、マルックは仕事を休んで自宅待機。
昨日亡くなった鹿児島の祖父の葬儀にも行けないという・・・
益山牡蠣蔵、35歳。心優しき、わが友。
(牡蠣蔵は舞台役者だったマルックの芸名。学生時代の話)
・・・
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2012年01月31日

フマール農園 57. 2Q1Q

1月。
ブルーベリーの話の間にちょっと。

情熱的な七夕の逢瀬から魅惑の乳房のような世界をおよぐ。
僕はボウフラの心のまま月1ペースで畑をふらついた。

心は上の空でも、感じることは、感じていた。

・・・このままではダメだ、と思った。

3年間タネをばら蒔き、ちょこちょこ苗を植えた結論だった。
確かにまったくゼロではない。
しかしとてもOKは下せなかった。
年々良くなる様子もなかった。このやり方では。

先人の経験を得たいと思った。
・・・
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2011年12月31日

マルックの喫茶店 5. マルックと秘密の部屋「目にいい」

ふいに声が聞こえた。

「おねえちゃん、おいしいね」
「ほんとね、とってもおいしい」

目をやると、姉妹と思われる女の子たちが、はしゃぎながら楽しそうに青い実を口へと運んでいた。

「ブルーベリーを食べると目がよくなるから、しっかり食べて、物事を見通す目を養うんだよ」
近くにいた父親らしき男性が笑いながら、二人に優しく声をかけた。

僕はそんな光景をとても好ましく、幸せな気持ちで眺めていた。
おっといけない、収穫の手伝いをしなくちゃ。
我に返った僕は再び手を動かし始めた。

フマールはというと・・・
「うめぇー」
カゴへ入れるよりも口へ運ぶ方が断然多い。
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2011年11月30日

フマール農園 56. 畑バカ30代

11月。
マルックと畑へ向かう車の中で、「40歳は重いよなぁ」という話をした。
こんなバカな30代は・・・と思った瞬間、世界のナベアツの「3の付く数字と3の倍数でバカになります」のネタを思い出した。
「サァーンジュウ、サァーンジュイチ・・・」とマネをして、最後は重々しい声で「40」と決めた。ふたりは大笑いして、「ほんとに40はドヤ顔で決めたいな」と肩を叩いた。

マルックはヤル気になっていた。本来なら昼ごはんで帰るつもりだったが予定変更だ。
大雑把なマルックに対して、僕は何度も作業のやり方に注文を出した。こういうときの精神状態はあまり良いものではない。
3時半くらいまで作業をして、手のマメがつぶれて、肩もくたびれて帰ることにした。

その車の中で、僕はマルックの話に耳を傾けることになる。

マルックは「心地よい疲れだ」と言った。
夕陽が眩しかった。
「なんかこれまで生きてきたことを思い出さないか?」
「例えば?」
「学生時代のこととか、結婚したときのこととか・・・生きてるっていいな」
僕は小言を言っていたこともあり、少し気分を害しているのではないかと心配していた。
ところが、マルックはただ「気持ちいいホルモンが出て、世界が美しく見える」と言った。

夕陽が稲の刈られた田園を薄緑とも薄黄ともつかない仏色に染めていた。
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2011年10月31日

マルックの喫茶店 4. マルックと秘密の部屋「夏搾り」

目の前に広がる散りばめられた無数の青い実を、僕はなぜだかとても愛おしい気持ちで眺めていた。
C20120804夏搾り.JPG

そんな僕の気持ちをよそに、フマールは青い実を口いっぱいに頬ばっている。
「今年の実は大きくって、甘酸っぱくって、とにかく最高!」
のんきなフマールがうらやましい・・・

僕も一粒口へと運ぶ。
「ほんとだ、美味しい」
夏をぎゆっと搾ったら、きっとこんな味がするんだろう。

目の冴えるような青空に、白い雲が浮かんでいた。
・・・
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2011年09月30日

マルックの喫茶店 3. マルックと秘密の部屋「到着」

何だろう…この感覚… 
動揺を隠せない。この高揚感。

「僕じゃないみたいだ・・・」
確かめるように呟いていた。

結局ブルーベリー園に着くまで運転に集中することができなかった。
フマールが興奮気味に何か話しかけてきたけれど、まるで覚えていない。
僕は「自分」という住み慣れた家に完全に引きこもっていた。

エンジンを切る。
意識が深淵に沈みかけたその時・・・突然フマールが歓喜の声をあげた。
「見てよ!ブルーベリーがたくさんなってる!」
僕は弾かれるように外を見た。

その時見た風景を、僕は一生忘れないだろう。

一つ気付いたことがある。
僕が変われば、風景も変わるってことだ。
・・・
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2011年08月31日

マルックの喫茶店 2. マルックと秘密の部屋「こっそり堂」

「し、信じられない…」
「マジかよ…」

僕たちはほとんど同時に声を上げた。
まったくこの時のテンションの上がり様ったらない。

それは確かに目の前にあった。

「…こっそり堂、だ」
フマールが呻(うめ)く。

その後の出来事は正直思い出せない。いや、思い出したくない。
ただただ夢中だった。僕もフマールも…

気が付けばフマールがカメラのファインダーを覗き込んで、必死になって僕にポ−ズを強要していた。
僕も満面の笑みで次々にポーズを決めてゆく。
C20110731こっそり堂2.jpg

僕の体は熱を帯び、興奮を抑えるのがやっとだった。
ただ渾身の数枚を撮れた充足感だけが、わずかばかり僕を鎮めた。

邂逅(かいこう)と呼ぶべきその体験は、僕たちを一変させた。
・・・
posted by from_grassroots at 23:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする